東京簡易裁判所 平成10年(ハ)25171号 判決 1999年12月24日
主文
一 被告は、原告甲野花子に対し、金29万6,039円及びこれに対する平成10年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を、原告甲山一郎に対し、金29万9,092円及びこれに対する平成10年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文一項と同旨。
第二 事案の概要
一 請求の原因
1 原告甲野花子(以下「原告甲野」という。)について
(1) 原告甲野は、金融などを目的とする株式会社である被告から、平成2年9月6日、金10万円を借り受けたのを初回として、別紙第1(1)の年月日欄記載の日に同借入金額欄記載の金員を借り受け、同年月日欄記載の日に同弁済額欄記載の金員を被告に支払った。
(2) 右(1)の取引金額を、利息制限法所定の制限利率で元本充当計算をすると、金29万6,039円の過払いである。
(3) 右原告甲野の被告への過払金の支払は法律上の原因がなく、原告甲野は同額の損失をこうむり、被告はこれにより同額の利益を受けた。
(4) よって、原告甲野は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、不当利得金29万6,039円及びこれに対する本件訴状送達により請求した日の翌日である平成10年8月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 原告甲山一郎(以下「原告甲山」という。)について
(1) 原告甲山は、金融などを目的とする株式会社である被告から、平成2年5月11日、金10万円を借り受けたのを初回として、別紙第1(2)の年月日欄記載の日に同借入金額欄記載の金員を借り受け、同年月日欄記載の日に同弁済額欄記載の金員を被告に支払った。
(2) 右(1)の取引金額を、利息制限法所定の制限利率で元本充当計算をすると、金29万9,092円の過払いである。
(3) 右原告甲山の被告への過払金の支払は法律上の原因がなく、原告甲山は同額の損失をこうむり、被告はこれにより同額の利益を受けた。
(4) よって、原告甲山は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、不当利得金29万9,092円及びこれに対する本件訴状送達により請求した日の翌日である平成10年8月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 原告らの各請求の原因中、1の(1)及び2の(1)の原告らとの金銭消費貸借関係の各事実は認めるが、その余の各事実は否認する。
2 被告は原告らに対し、次のとおり、それぞれの貸付及び弁済の都度、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条1項に定める書類の交付等をしており、原告らは毎回の弁済の都度、元本・利息の内訳を認識した上で、任意に弁済したものであるから、同条に定めるみなし弁済の要件を充たしており、いずれも有効な利息債務の弁済とみなされるので、被告に不当利得はない。
(1) 被告は、借主が弁済金を持参弁済した場合は、その場で貸金業法18条に定める受取証書を作成して交付する扱いをしているが、原告甲野は乙第2号証記載のとおり、原告甲山は乙第4号証記載のとおり、それぞれ持参弁済をしたが、その場合は、いずれも原告らに右の受取証書を交付している。
(2) 被告は、貸付の際は必ず各回ごとの返済年月日と各返済金額、元本・利息の内訳及び融資残額を記載した償還表を交付しているが、原告らも、本件各貸付時に交付を受けた各償還表と各貸付終了時に交付を受けた償還表控えにより、各弁済日における弁済額の元本・利息の内訳を認識の上で弁済しており、持参弁済の場合は受取証書の交付も受けているのであるから、元本額及び利息額を認識した上で弁済しているものである。
3 原告ら主張の不当利得返還請求権は、次の事由により、各最終の貸付金に関するものを除き、発生しないものである。
相殺の意思表示前に、受働債権について債務者が弁済をした場合には、弁済の時点で債務が消滅するので、その後の相殺の意思表示によっても、右弁済の効力を覆すことができないものであるところ、原告らは、先行する貸付けについて発生した過払金の不当利得返還請求権をもって順次その後に貸し付けられた貸金債権との相殺を主張するが、原告らは、本件訴状により相殺の意思表示をしたものであるから、訴状提出前になされた原告らの弁済の効果を、相殺の意思表示によって覆すことはできないもので、原告ら主張どおりの不当利得返還請求権は発生しないものである。
4 仮に、原告らが被告から貸金業法18条所定の受取証書の交付を受けていない部分について、同法43条のみなし弁済が認められないとしても、過払金は、原告甲野については別紙第2(1)記載のとおり金5万7,078円であり、原告甲山については別紙第2(2)記載のとおり金6万0,469円である。
三 被告の主張に対する原告らの認否及び主張
金銭消費貸借契約の借換えの性質は、法律的に有効な旧債務の残額と新規の金銭交付額の合計額を元本とする新しい貸借契約が締結されたものと解すべきであるから、相殺は問題とはならないし、相殺の遡及効の範囲についての被告の主張は失当であり、また、借換えの際に貸金業法43条の適用を受ける金銭の弁済がある旨の主張も失当である。
四 争点
1 原告らの弁済について貸金業法43条1項の適用の有無
2 原告らの被告に対する不当利得返還請求権の存否
第三 当裁判所の判断
一 被告から、原告甲野が別紙第1(1)記載のとおり、原告甲山が別紙第1(2)記載のとおり、それぞれ金銭を借り受けたこと及び原告らが被告に対し、別紙第1(1)及び同(2)各記載のとおり、それぞれ弁済したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告らの弁済について貸金業法43条1項の適用の有無について
1 別紙第1(1)及び同(2)によると、被告から、原告甲野は9回、原告甲山は12回にわたり借換えをしており、乙号各証によると、その際、被告との約定利率による利息計算をした従前の残債務を弁済した額を含めた金額を借入金額とし、借入金から右弁済をしている事実が認められる。このような場合の残債務額の確定方法としては、法的に有効な旧債務の残額(これについて準消費貸借)と、従前の債務の弁済額を差し引いた現金交付額(これについて消費貸借)との合算額が新たな消費貸借契約の元金となるものと解すべきである。この新消費貸借契約について、貸金業法43条1項の要件をみたす場合も、有効な弁済となるものと考えられる。
2 貸金業法43条1項は、みなし弁済の要件として、次の事項を定めている。
(1) 貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息又は損害金の契約に基づく支払であること。
(2) 利息制限法に定める制限額を超える金銭を、債務者が、利息又は損害金として、任意に支払ったこと。
(3) 貸金業法17条の規定により、法定の契約書面を交付している者に対する支払であること。
(4) 同法18条の規定により法定の受取証書を交付した場合における支払であること。
3 原告らの被告に対する弁済について、右1の(1)の要件事実は、<証拠略>により認められる。
4 乙号各証及び弁論の全趣旨によると、原告らが被告に支払った利息又は損害金は、利息制限法に定める制限額を超える年40.004パーセント又は年54.75パーセントの金銭を支払ったこと及び被告は、原告らに対する本件貸付の都度、償還表という返済日、返済額、元金、利息及び融資残額を記載した書面を交付している事実及び原告らが同表の記載に従った弁済をしている事実を推認することができ、この事実と原告らが制限超過の利息の支払を強制された事実を認めるべき証拠もないことに鑑みると、これら弁済が原告らの自由意思に基づいて任意に支払われたものと推認することができる。
5 <証拠略>によると、被告が原告らに交付した契約書面には、貸付の利率として年率54.75パーセントの記載があり、その余の<証拠略>によると、その後の契約書面には、右年率が40.004パーセントと記載されていることが認められる。
右の年率54.75パーセントは、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締まりに関する法律5条2項の規定に違反するものであり、原告らの弁済金についてこれら年率で計算した結果の残元金が、その後の契約書面に記載されているのであるから、貸金業法43条2項本文、同項3号により同条1項の適用が排除されるのみならず、同条1項1号の要件も充たさないものというべきである。
6 また、貸金業法43条1項2号の要件である受取証書は、各弁済ごとに交付しなければならないところ、原告らの各弁済すべてについて交付されたことを認めるべき証拠はない。
7 右5及び6の理由により、前記2のみなし弁済の要件中、すべての弁済について(3)の要件が、受取証書の交付が認められない弁済については(4)の要件が認められないこととなるので、被告の前記第二の二の2及び4の主張は、いずれも理由がない。
三 原告らの被告に対する不当利得返還請求権の存否について
1 原告らが被告に対し、支払った弁済金を利息制限法所定の制限利率により充当計算した結果は、別紙第3(1)(原告甲野分)及び同(2)(原告甲山分)のとおりであり、被告に対し、原告甲野は合計金29万6,039円の、原告甲山は合計金29万9,062円の過払いをしたこととなる。
2 前記第三の二に判示したとおり、原告らの各弁済金について、貸金業法43条1項のみなし弁済の適用が認められない以上、被告は、右各過払金について、法律上の原因がなく原告らの財産により利益を受け、これにより原告らに同額の損失を及ぼし、右事実を知っていたものというべきである。
3 被告は、原告の不当利得返還請求の主張について、相殺の意思表示前に受働債権が弁済によって消滅したので相殺の意思表示でその効力を覆すことはできない旨主張するが、最高裁判所大法廷昭和43年11月13日判決(民集22巻12号2526頁)に判示されているとおり、債務者が利息制限法所定の制限を超えて任意に利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当すると、計算上元本が完済となったとき、その後に支払われた金額は、債務が存在しないのにその弁済として支払われたものであるから、民法の規定する不当利得返還請求をすることができるものと解すべきであり、被告の右主張は理由がない。
四 以上のとおりであり、原告らの被告に対する本訴各請求は、いずれも理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 平元義孝)
(別紙)第1、第2、第3<略>